その後俺は大羽に腕を組まれる様に二次会に連れて行かれ、年頃の娘がいる親バカ鬼課長に、娘にさけられる父親の心境を酒臭い息で切々と語られ、酔ってぐにゃぐにゃになった大羽をタクシーで送る羽目になった。そんなわけで今はタクシーの中に居る。
ぐったりした志水さんの腕を肩に回し早々に退散した黒河係長が恨めしい。じゃなかった、羨ましい。なんで俺はこんな何とも言えない関係の酔っ払いを送ってるんだ。まぁ何とも言えない関係の元凶は俺だけど。
自分が女を性欲の対象として見れない事に気付いたのは高校の時だった。告白してくれた可愛い子と付き合って、普通に好きだったし、初めての彼女に浮かれてもいた。でも、キスしたいとか抱きたいとか、そういう事を思えなかった。
彼女に魅力がなかったわけじゃない。少しは触れたい気持ちもあった。でも行動するところまではいかなかった。AV観ても、楽しいけどそんなに興奮しなかった。
俺は誰にも性欲を感じないんだと思った。実際感じなかった。だから別れた。
それなのに俺はあの時、大羽にキスしたいと思った。キスして、無意識にその続きをしようとした。
その衝撃に、俺は逃げた。
逃げておきながら、だんだん大羽を意識し始めた。でもどうしようもなくて、そのまま卒業した。
もう会う事もないと思ってた大羽が、今同僚として隣に居る。赤い顔で鼻歌を歌いながら俺に凭れている。どういう事だこれ。
「着きましたよ。」
タクシーの運転手に言われて外を見ると、住宅街にあるアパートの前だった。ここが大羽の今の家らしい。
「大羽、降りろ。」
「ん~いやよー。眠さ爆発よー。」
力無く凭れたまま動かない大羽に溜息が出る。どんだけ面倒臭いんだこの酔っ払い。運転手にそのまま待つよう頼み、タクシーから大羽を引きずりだした。
「部屋どこだよ。」
「2階の奥~。」
ヘロヘロと抱きついてくる大羽を指さす方に連れていく。相変わらずわけの分からない鼻歌を歌いながら鍵を開ける大羽を支えて、真っ暗な中に入る。近くのスイッチを押したが電気は付かなかった。
「ウチは紐重視よん。連~れてって~。」
そう言ってモタモタと靴を脱ぎ出す大羽にまた溜息が出た。面倒臭い。仕方なく俺も靴を脱ぎ、大羽を担ぐ様な体勢のまま歩いてダイニングの中央にぶら下がる紐を引っ張った。
「ちゃんと布団で寝ろよ。」
「俺の部屋あっちー。」
「自力で行けっつの。重い。」
座布団の上に大羽を座らせようとしたがバランスを崩し、俺の背中からずり落ちた大羽は床に転がった。腕を掴まれた俺も膝をつく。ノロノロと起き上った大羽は俺の腕にしがみついてきた。今度は何だ。
「赤羽さんもう帰っちゃうんすか。」
「タクシー待たせてるしな。」
「そんなん帰らせて一緒に居て下さいよー。俺今カノジョ居ないんすよー。寂しす。」
涙をぬぐう真似をする大羽の姿が、高校時代によく見た姿と重なる。俺はつい、本当に思わず、言ってしまった。
「分かった分かった、今度またラーメン奢ってやるから。」
あっ、と思ったがもう遅い。恐る恐る大羽を見ると、大羽は俺の腹に頭を擦り付ける様にしながらぎゅっと抱きしめてきた。そして腕を引かれ、気の抜けた笑顔が近付き
「遼来々でね。」
唇が、ちゅっと音を立てた。
・・・・・・・・・・・・、・・・・・・・・・え?
目を開けたままフリーズする俺をよそに、大羽はそのままズルズルと横になり眠ってしまった。
その後俺は家までどうやって帰ったか、全く覚えてない。気付いたら自分のベッドに倒れ込んでいて、上着がどこかにいっていた。
『遼来々』。
それは俺達がよく行っていた、そしてもう何年も行っていない、地元のラーメン屋だった。
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