それから更に数週間。早い段階で各機械の特性を覚え、人当たりもいい大羽の評判は上々だ。母性本能をくすぐるらしく、女子社員の間でも話題になっているらしい。
遅ればせながら、金曜日の今日は居酒屋で新人歓迎会だ。隅の席で先輩にあたる同僚と飲みながら、同期と話している大羽を見た。大人びはしたがまだ童顔で、調子のいい事を言って相手を笑わせるのは変わらない。何も覚えてないように接してくるが、本当はどうなんだろう。
いや、理由はどうあれ俺が襲った事になる以上、覚えてられてても困るんだけど。
「赤羽さん、大羽君とは上手くいってるの?」
草食系で有名な志水先輩に突然言われ、俺はチューハイのグラスを落としそうになった。
「はい? あ、はい一応。」
「そう? ならいいけど。」
「え、何でですか?」
「なんか時々、何か言いたそうに見てるよね。」
「え……大羽がですか?」
「んー、両方。なんかさ、ちょっと青春っぽい。」
下戸な志水さんは真っ赤な顔で能天気な笑顔を浮かべた。青春っぽいってなんすか。青いの通りこして苦すぎる春なら経験しましたけど。
「そう言えば赤羽君もバレーボールやってなかったっけ? 実は同じ高校とか?」
「…………。」
普段ぼんやりなくせに酔うと鋭くなるとか、どんな思考回路ですか。勘弁して下さい。
「はい! 呼ばれて来ました大羽風汰23歳です! 身長は178センチです!」
呼んでいない大羽が突然俺と志水さんの間に入って来た。ビール瓶を片手に無理やり座る。
「あれ、大羽君酔ってるね~。」
「志水さんも酔ってますね~、もっと酔って下さいよ。」
大羽は空のまま放置されていたビールグラスを志水さんに持たせ、なみなみと注いだ。それをぐいっと飲み干す志水さんは、酔い潰れるのと真っ青になるのとどっちが先だろう。
「俺を酔わせてどうするのー。草食系だけど僕これでも一応男だからねー。」
「心配しなくても俺おにゃのこ大好きですー。これでも一応女の気持ちは分かる方なのよー。」
女好きとオネェ言葉は相変わらずらしい。二人で盛り上がり始めたのを横目に、俺はそそくさと席を立った。
トイレで手を洗っていると現場で出世頭と言われている黒河係長が入って来た。良くも悪くもきっぱりした人で、なかなか気が合う人だ。所謂会社での飲み会というのが苦手らしく、俺を見て苦笑を浮かべる。
「今回妙に盛り上がってるな。大羽さんきっと宴会部長になれるぜ。」
「ぷっ、そうっすね。」
酔った所を見たのは初めてだが、確かに宴会部長の素質はありそうで思わず笑った。
「志水さんだいぶ酔ってそうだったけど、明日の出勤忘れてんじゃないか?」
「有り得る……。覚えてても二日酔いで仕事にならなそう。」
「まったくあの人は……。」
黒河係長はどちらかといえば肉食系な印象だが、何故か志水さんとは仲が良い。飲みの席が一緒になると、最終的
に志水さんの世話をするのは何時も黒河係長だ。
二人で席に戻ると、志水さんは大羽に膝枕状態で寝ていた。大羽は俺の席で、俺の箸と皿を使って食事をしている。
これは突っ込むべきか、それともどこか空いてる席に移動するべきか。と思っていたら大羽と目があった。
「赤羽さーん、早くしないとご飯無いですよ!」
そりゃお前が食ってるからだろ。俺が脱力すると同時に黒河係長は溜息をつく。そして先に志水さんの所に行き、大羽の膝から引き剥がした。
「あーかかりちょ―。」
ふにゃりと笑った志水さんは、その笑顔のままフリーズし、絵に描いたように青ざめた。それを見た黒河係長が慌てて志水さんを立ち上がらせる。
「うヴェ……。」
短い呻きを上げて志水さんは黒河係長に連れられて行った。というか引きずられて行った。起こしたのが良くなかったのかもしれない。
「ごゆっくりー。」
酔った顔で手を振る大羽と二人になってしまった。誰か今すぐ絡んでこい。勿論大羽に。
「赤羽さぁん、食・べ・てん!」
いなくなった志水さんの席で膝立ちしたままどうやって席を外そうかと思っていると、大羽が笑顔で皿を差し出してきた。大皿で置いてあった天ぷらを取り分けてくれたらしい。
「……おう、有難う。」
人目もあるし無視するわけにもいかず、席に座る。のせてあった箸ごと皿を受け取ると、大羽はそっと天つゆが入った小鉢を置いた。
「それでは今から、愛情込めて天ぷら盛りますよー!」
しなを作りながら近くの奴らの取り分けを始めて皆を笑わせる大羽と、自分の皿と、天つゆを見た。
大羽は本当に酔っているんだろうか。本当に俺の事を忘れてるんだろうか。
偶然かもしれないが、渡された皿には獅子唐が無かった。俺を覚えてるなら、大羽は俺が獅子当嫌いな事を知ってる。あんな事をされて忘れるわけがないとも思う。
知らないふりが“忘れたい”って事だとしたら、やっぱり嫌われてるんだろうか。いやそりゃそうだろうけど。
「食べたいのあったら言って下さい。赤羽さんの為なら何でも取りますわよ。」
それなら、酒に上気した顔でそう言ってくるこの可愛い笑顔は嘘なんだろうか。テーブルの下でさり気なく手を重ねて体を寄せてくるのも演技なんだろうか。
何の為に?
何だか色々分からなくなって、思わず返事の変わりに大羽に頭突きした。混乱した時の癖だって事を覚えてるのかどうか、大羽は両手で顎を抑えてにひひと笑った。
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